飯田竜太 彫刻家|インタビュー
飯田竜太 ≒ Nerhol
本のページ一枚毎に少しずつずらした切り込みを入れ、様々な造形を作り出す彫刻作品で2004年、第22回グラフィックアート『ひとつぼ展』でグランプリを受賞した飯田竜太さん。その後2007年からはグラフィックデザイナーの田中義久さんと共にアーティストユニットNerhol(ネルホル)を結成し、作品発表の場を国内だけではなく海外へも広げています。インタビューでは、“彫る”ということの根本と向き合った学生時代の話から、『ひとつぼ展』の参加がその後の作家活動に与えた影響、Nerholを通して変化した作品作り、そして2016年8月30日から開催する個展「本棚のアーケオプテリス-Archaeopteris in The Bookshelf-」について伺いました。
彫刻の力を知った大学時代
大学の彫刻科に入りたての頃、彫刻における物の捉え方が分かりませんでした。どんな作品を作ろうかと考えるよりも、人体をモデルに必死に繰り返し作品を作り続ける日々でした。その結果、立体の量感を捉える感覚や、空間の中にどう配置するのが面白いのか、それによって人がどう見るのかが、なんとなく分かってきました。言葉以外のものが人に伝わる実感が湧いてきて、初めてどんなものが作りたいかを考え始めました。
そして3年生の終わり頃の課題で、“手法を細分化する”という方法に出会います。彫刻は行為の蓄積で形を作りますが、その一つ一つの行為自体を取り出し、形にすることで彫刻になるかもしれないと思えたタイミングがありました。それまで抽象彫刻を理解できずにいましたが、それをきっかけに人体などの具象彫刻を作る事と同じ感覚で、抽象彫刻を解釈できるようになりました。
同じ頃、彫刻家の多和圭三さんの授業で1日1点彫刻を作るという課題がありました。とにかく毎日継続して作って欲しいということだったんだと思います。それまで彫刻は、木や鉄や石などを使って、時間をかけて作品を作るものだと思っていたので、1日1点となると当然サイズは小さくなるだろうと思ったら、なるべく小さくするなと言われました。その課題のため、学校以外の場所でも手に入れることができる素材、かつ作業ができる素材として「本」を使った作品を作り始めました。その頃はまだ彫刻は具象的であるべきだと思っていたので、指の形や、指紋の形に沿って本を彫る作品を作っていましたが、その後、波紋の作品や新聞紙を丸めた作品の形になり、現在につながっていると思います。
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(学生の頃の作品)
『ひとつぼ展』での出会い
『ひとつぼ展』に参加した一番の理由は、グランプリをとれば個展ができるということ。それ以外は何も考えていませんでした。グランプリ受賞後の1年間は個展の制作のことだけを考えようと、大学を卒業してもアルバイトをしながら制作を続けました。
初めて個展をやってみて、作品は批判される対象なんだと初めて思いました。色々なことを言う人がいました。デザインやイラストレーションの分野の人に、グラフィックにも立体の要素があるんだね、と感想をもらうことが多かったです。その展示を通して、自分に合った作品のスタイルが分かってきたと今になって思います。
『ひとつぼ展』で知り合った作家や審査員の方との出会いは、その後の作家生活に大きな影響を与えました。個展を見に来たイギリス人のアーティストが僕の作品を購入したことをきっかけに、海外のアーティストとも知り合うようになりました。その後も展覧会の機会に恵まれ、所属するギャラリーも決まり、個展以後3年ほどは、作っては展示、作っては展示の生活を続けました。当時は就職することを一切考えてなかったし、作品を作る時間と月10万円くらいのアルバイト代さえあれば生活できると思っていたので、30歳くらいまではなんとか生きていけると漠然と思っていました。
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アーティストユニットNerholの結成
2007年にBunkamura のギャラリー“Gallery Arts & Crafts”で展示をした際に、展覧会を見に来てくれたグラフィックデザイナーの田中義久から会いたいと連絡がありました。僕の彫刻作品がすごくグラフィック的に見えたようです。当時彼は、グラフィックが彫刻になり得ないかという、逆の視点を模索していたそうです。何度か会って話しをするうちに、面白くなりそうな気がしたので一緒に作品制作をしないかと誘いました。丁度その頃の自分の制作は、好きな本をチョイスして作品に使っていたので、本の内容と造形的なアプローチが他人に伝わりにくいと感じていました。既に日常にある素材としての本を扱うという事をコンセプトとして掘り下げることができずにいました。そこで、自分が書いていたコンセプトブックを田中に渡し、そこから言葉を選び、芥川龍之介の小説から句読点や鉤括弧だけを残して文字を取り去り、そこに選んだ言葉を嵌め込んで本の体裁を整え、「彫るための本」を作りました。これがNerholの作品制作のスタートです。
現在は役割が決まっているようで決まっていませんが、結成当時は、田中はアイディアを「練る」、僕は「彫る」という役割がはっきりと分かれていたと思います。
デザインか? 美術か?
Nerholの活動を始めた頃の作品は、デザイン界の人には美術作品だと言われ、美術界の人にはデザインだと言われ、どちらからも受け入れられていなかったように思います。もっと面白いものができるはずだと二人の中では遣る瀬無い気持ちがあり、お互いがやりたいこととやれることをもっと突き詰める必要があると感じていました。
二ヶ月に一つくらいのペースで作品を作っては、模索するようなスタイルを数年続けるうちに、お互いの良さに気付いていきました。僕は彼が作った素材に対し、グラフィックにも彫刻にもなり得る造形性の高い作品となる技術を、様々な作品を作りながら突き詰めていきました。そして、Untitled/Circle「○」という作品の制作に至りました。これは、250枚の紙それぞれに、1ミリずつ小さくなっていく円形の図形が印刷されており、その紙束を1枚ずつカットすることで円形の形が変化するというものです。
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ここから、Nerholの作品は時間軸を帯びているということに気付きました。平面を彫刻化、3Dに可視化できること、時間を視覚的な深さとして立体に置き換えることができるということの、二重の構造が出来上がりました。それから時間軸さえあれば円形である必要はないと考え始めます。ポートレートを題材にする事を決めた理由としては、人の顔はじっとしていても変化し続けるというところからきています。
最初にポートレートの作品として形になった実感があったのは、2012年のPOST(リムアート)での展示でした。最初は本当に認知されるのか不安でした。結果その展覧会は成功し、大勢の人に見てもらえて、取材のオファーも来るなど、しっかりとしたものができたのかな、と終わった後に手応えを感じました。
Nerholと飯田竜太
Nerholが話題になるたびに、飯田竜太は何をしているんだ? と言われます。Nerholの作品が現代美術に寄ってきているからです。田中はデザイナーなので、Nerholでの活動と自分の仕事とを分けて考えることができているように自分は勝手に思っていましたが、僕は自分の活動との差異化に悩んでいた時期がありました。
今は、現代のアートシーンに対して誰もやっていないことをやるというのがNerholの使命だと思い活動しています。紙や印刷に固執し、手業に拘る作品作りは、もう少し後になると古い感じがしてしまうかもしれない。Nerholは実在主義で作品を作り続けようと考えていて、そこではできないコンセプチュアルなものや身体的なもの、パフォーミング的なものと彫刻的な物質性を伴う立体作品を合わせ飯田竜太として作品にしていきたい。彫刻家が堂々とパフォーミングした作品を提示することもあまり見ないので、面白いことになるのではないかと思います。そもそもジャンルという線引きがなくなってきており、すべてが一つの空間の中で突出された状態という方が望ましい。自分の制作への意欲はまだあると感じていて、アイディアはあるが作れていない作品が沢山ある。早く形にしたいという思いが強く、それを作ることで必ず誰かが反応してくれると思って前向きに制作していきたいと思います。
彫刻の視点でものを見る
Nerholの作品制作において、彫刻作品として制作する素材としての紙束を印刷や写真を用いて制作することが、重要な制作スタイルの一つとなったことで、飯田竜太の作品制作においては、もともと本に書かれている内容やコンセプトを手を加えずに素材として扱うようになりました(以前からもそうでしたがより強く思う)。つまり、本の中身が重要な素材になってきたということです。木に出会い、木目を見て形を作ることや、自分と物質が対峙する時間が彫刻にとって重要なことだと思います。制作を始めたばかりの頃は、本を物質としてしか扱ってきませんでした。本を読み、本に触ることで、本の良さを感じる反面、本に印字されている内容を自分の中で消化しきれないという思いも強くなっていきました。消化するには、もっと本の内容も素地も細分化して解釈する必要があると感じ、文字のみに焦点を当てたり、本の構成に焦点を当てたり、言葉の持つ魅力に対してアプローチしていこうと考えるようになりました。
文字や情報は、人それぞれ認識の違いがあると思います。例えば「愛」という言葉がありますが、人によって愛の遍歴が違うので、想像することも違うはずです。また同じ本を読んでも脳の編成は人それぞれ違うので受け取り方や捉え方が違ったりします。皆個人差があることは分かってはいるけれど、今はそこに芸術として言及することが重要な気がします。その認識の違いを、彫刻の視点から社会に落とし込むことができるのではないかと考えています。知識や情報を立体物として作品にすることで可視化し、それが素晴らしく美しい形だったら必ず何かおもしろいことが伝わっていくと思っています。
本棚を通して情報のあり方を考える
これまでは、情報としての文字の量が物質として本の厚みに置き換わり、本を収集することは知識や経験を収集することと同じだったように思います。現代では段々と情報が仮想化してしまって、物質として目に見えない状態になっています。また、特に日本人の間では、微妙なニュアンス、言い回しや前後の関係性で、一つの言葉を発するだけで無数の情報が相手に伝わっていたはずなのに、最近ではネットなどで文字を一つ打つだけで、皆が同じ意味として認識していると錯覚してしまっていて、文字に肌感や質感が全く無くなってしまっていると感じることがあります。つまり文字に個性がなくなり、言葉に個性がなくなり、平均化された一直線上の情報がやり取りされている。それをもう一度人の肌に触れられるものに戻す、もしくはもう一度その部分を感じることができるよう、自分の作品が機能していけばと思っています。
本棚に並んだ背表紙の情報は、看板の文字と同じように否が応でも目に入ってきますが、その文字は風景として見えているだけで普段その文字の意味を深くは考えません。本をひっくり返し、背表紙が見えなくなることで本の小口(開く側)が見えます。しかし文字が書かれていないので、紙の束、つまり物質となり、風景だった文字が物質に変わることに面白みがあると感じています。それによって自分が今までどれだけ文字過多になっていたかに気付くことは、現代の人間にとって重要なことだと考えています。
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本棚のアーケオプテリス
今回のテーマは本棚です。誰もが持っているものの見方や捉え方を変えることよって、芸術の一端を担うことが面白い事だと思っています。芸術に対する考え方も時を経て移り変わり、新しい生きる人間の指針や考えをアートに置き換えるコンセプチュアルな作品が作られるようになった今だからこそ、物質と関わる時点で作品化できるようになったと思います。作品は中間項として存在していて、それに対してどう関わるかというベクトルの違いでその作品の重要度や価値が変化することが、これからの新しいアートの一つになる気がしています。それをもう少し具体化するには、物質に対して関わる方法を彫刻的に捉える、彫刻を作るスタンスや手法で物質と関わることが必要だと思います。彫刻は彫ったり切ったりするマイナスな要素と、何かを足したりくっつけたりするプラスの要素の2つの方法で形を作りますが、自分は足し引きせずに、ただ裏側を見せるだけで、物質が全く別のものに変換するという状態を作り上げれば、物質における立体性を表すことができると考えています。素材と向き合い作りたい形を自分の中に入れ、解釈し思考した結果の全てが作品には欠かせないものだと思います。
単純なことかもしれませんが、そのような作品によって普段芸術として見ていない当たり前のものを違った角度で見ることをは、とても大切だと思っています。日常にある本棚や文字に対する考え方、扱い方の思考が少しでも変わることに価値があることを表現した作品を、ガーディアン・ガーデンで展示できればと思っています。
今、様々な人の本棚をリサーチしていますが、本の規格は一緒でも、人それぞれ大きさや厚みやにおい、ホコリの度合いや積み方なども違って、人となりを表しているように思えます。誰しも持っていて誰でも見たことがあるような物へ彫刻家として介入したいと思っています。突飛なものはもっと簡単に介入できて、例えば面白い風景を写真に撮りたくなることは、それはそれで美しいことで必要なことだと思うから否定するつもりはないけれど、誰でも見たことがあるようなものに美しい形を見出す方が、自分は作品の作り方として好きです。
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1981年静岡県生まれ。2014年東京藝術大学大学院先端芸術表現科修了。2004年第22回グラフィック『ひとつぼ展』グランプリ。2015年より日本大学藝術学部美術学科彫刻コース常勤講師。2007年グラフィックデザイナー田中義久とアートユニットNerhol(ネルホル)を結成。Foam Photography Museum(2015年/アムステルダム)での個展、Festival Images(2014年/スイス)に参加など国際的に活動。2016年5月には金沢21世紀美術館にて個展「Nerhol Promenade/プロムナード」を開催。
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